3月11日まで、あと1月となった。東北震災から5年がたつことになる。筆者も震災復興のプロジェクトには関係した。震災直後に奥尻島に行った。青苗地区を中心に1993年の歩北海道南西沖地震による津波で大きな被害を受けた島である。東北大震災の津波で壊滅的な被害を蒙った東北沿岸の復興には、長い時間がかかるだろうと思った。そこで、町の高台移転や、漁港の避難ルートの確保など、震災後の復興や津波対策など、様々な復興事業が行われたある意味の先進地区で、長い時間がかかる復興プロセスで何がどのように起こるのか、経験を学んでおく必要があると思ったからである。
その時、被災後5年間に何をするかが重要だと思った。不謹慎な表現になってしまうが、震災直後には復興バブルのようなものがあり、復興にかかわる土木建設事業で、大きな金額が地元に投入され、かなりの雇用が確保された。その流れが、震災後5年以降変わった。土木建設事業が一段落すると、雇用がなくなり、町の産業の衰退が顕著になった。地元の方のアドバイスは、早くから、震災後の町の産業を育成を考えなくてはならないというものであった。
東北大震災からの復興についても、このことは強く意識されていた。私たちは、ある町の水産・林業・観光等の産業振興にかかわった。一流企業から、多くの人々が出向してプロジェクトに参加したのだが、技術力のある企業が地域に進出して雇用を作り出すという発想は最初からしなかった。復興への協力だけを目的に地域で事業を展開しても、そこにその企業がある必然性がなければ事業は定着しない。地域の自然、地域の資源、地域の歴史を背景に地域の人々が営む事業を提案する。それを支える先端技術や発想を提供したいと思ったのである。事業の担い手は地域の人々でなければならない。そうでなければ、5年後にも、10年後にも地域の産業として発展していかないだろう。ここに、誤算と行き違いがあった。マスコミを含めて、地域の期待は誰かが雇用を作ってくれることだった。実際には、自ら事業展開しようとする人は地域に現れなかった。漁業協同組合は、何度も経営破たんした経験を持つているにもかかわらず、いや、そうであればなおさら、積極的に新しい取り組みをしようとしなかった。新しい鮮度保持技術や流通システムを提案したが、漁協自身が積極的にそれらに取り組むことはなかった。良くも悪くも地元には地元なりの人間関係があり、取引習慣がある。その中で何かをやろうとすれば、当然軋轢が生まれる。当然、調整と妥協が必要になる。それができるのは地元の人間であり、よそ者がすべきことではない。実際にやるのは彼らでなくてはならない。あの町の水産物の取引価格は、ほかより1,2割安い。それが悪いというつもりはない。地域関係者が合意の上でそうしているのであれば、それで良い。しかし、自分たちが漁業を通じてより豊かになろうと思うのであれば、自らそれに取り組まなくてはならない。町の行政も含めて、私たちが鮮度保持技術を導入し、新しい流通すステムを提案するのは、自らその事業を展開するためだと、とんでもない誤解をしていたようである。大学の仕事は教育と研究である。大学に事業展開ができるわけがない。漁協が中心になって新しい事業展開を考えなければならないに決まっている。
震災の復興過程を見ると、地域差が大きい。ある地域では新しい事業が積極的に展開され、新たな発展が期待される。しかし、事業の展開と言う意味では全く復興が進まず、ますます衰退に向かっている地域もある。私は、この差は、自ら新しい事業を展開しようとする積極的な人物の存在の有無だと思っている。つまり、地域のリーダーの存在である。リーダーシップというと、全体の意向をくみ取って、方向性をまとめていける能力、つまり内部的な結束だけが強調されがちである。復興過程では、これに加えて、地域と地域外との関係を上手に演出できる能力、つまり、地域の外の価値感や文化を理解していることが必要だろう。復興でなくても、リーダーにはこういう能力が必要なのかもしれない。
プロジェクトとしては、そういう人物の発見や、そういう人物の育成と相互理解の形成に時間をかけるべきであったろう。しかし、私たちが与えられた2年というプロジェクトの時間はそれを許さなかった。これは、一つの教訓である。震災後復興にかけられる時間は長くない。それに対して、そのような人物を育成し、地元にとどまってもらうのは、地域文化の問題でもあり、長い時間がかかる。。
復興プロジェクトの中で、私と地元の行政官との間には激しい言葉のやり取りがあった。彼が述べたことは、地元の行政官が地元の慣習や地元業者の既得権の保護を優先するのは当然だということだった。地域と外部者を2項対立的にとらえる見方である。では問う。あなた方は、震災以前においても、地域の発展につながる形で、地元の業者を支援育成してきたか。あなた方の日常の態度が、復興の遅れを作っているのではないか。レジリエンスとはそういう人物の存在であり、そのような存在を地域のとどめておく文化である。日ごろからそういう力を養っておかなくてはならない。
プロジェクト終了後にも、メンバーの何人かは地域にとどまって、よそ者として民間の事業を展開している。被災企業には様々な支援があるが、よそ者の企業には支援は全くない。極めて不利な状況で事業を行っている。何故、彼らが地元にとどまって、よそ者として事業を展開しているのか。地域は単独で存在しない。他者との関係がうまく作れなければ、地域は発展しない。その関係の窓口であろうとしているのである。現状は理想からは程遠い。しかし、彼らを通じて、地域内部と外部が緩やかな連携を作り、それを通じて、事業が展開されていく構造が生まれることを期待している。