昨日、フィリピンの田舎の大学のFaculty development(FD)の活動に参加した。プロジェクト・サイクル・マネージメント(PCM)などで良くやる、グループに分けて、それぞれに課題を与え、目的、問題点、行動、期待される結果、スケジュールなど、メンバーがポスト・イットに書いて、ファシリテーターがそれを構造化するというやつだった。私はこれがあまり好きではない。どうしてもファシリテーターにコントロールされてしまう。しかし、国際協力分野の社会開発的なプロジェクトでは多用される。目的や戦略の共有という意味では有効だと思う。学部の全職員が参加していたから、まずは、問題意識の共有というところから始めたのだろうと思う。
聞くところによると、来年、ISOの認証を受けるのだそうだ。この大学のタダで宿泊して、研究・教育の改善アドバイスをしているのは、そのためだ。大学の教育・研究を高度化したいので、誰かアドバイザーが必要なのだが、お金がないのでどうしたらよいかと相談された。それならば、私がやろうと、提案したら。せめて、旅費は無理でも、宿泊代は何とかしたいということで、キャンパスの一部に部屋をもらってそこで生活している。生活費はほとんどかからないから、こちらとしては、定年後の道楽としては悪くないと思っている。

私は、日本の技術者教育認定機構(JABEE)の農学分野の立ち上げ時に、その流れに巻き込まれて、ずいぶんいろいろなことをやらされた。当初、私はJABEEをあまり肯定的にとらえていなかった。私はいわゆる科学者だが、実はコンサルティングのような技術者の仕事も経験している。科学・技術とこの二つが横並びに並べられても、実はこの二つがかなり違っていることを知っている。科学者であるときと技術者であるときとでは、私の気分は違う。そもそも、科学が追及しているのは、多くの場合、絶対解・唯一解だが、技術の場合は、妥当解を求めている。科学の場合、求めているのは自己の満足だが、技術はその技術の結果を使う人が満足することが目的だ。つまり、技術は、資金、技術、社会的、法的、倫理的、文化的制約のなかで、クライアントが求めている成果を達成するために、可能な方法を提案することが仕事だ。科学にも制約はあるが、その制約、特に時間的な制約はかなり緩く、その代わり、独創的な唯一解が求められている。技術には引き出しが大きく、対応可能な分野が広い人間が向いているが、科学では、むしろ関心を一点に集中するタイプが成功することが多い。工学部と言っても、日本の場合、科学と技術をきちんと切り分けて教えているわけではないから、それの全体を、技術者教育と割り切って、その考え方だけで、大学教育を変えていこうという考えには無理があるというのが、きわめて抽象的だが私が思っていたことである。
しかし、何でも、やってみる前とやってみた後では、評価は違ってくる。私は、農学水産分野については、JABEEは成功したと思っている。一般的な教育の底上げを狙った教育プログラム、エリート技術者を作ろうとしたプログラムなど、目的は様々なのだが、JABEEをやった、水産系のプログラムは、そのほとんどすべてが、教育改善に成功して、教育の質が上がっているように思う。つまり、水産分野では、技術者の教育を強く意識するというよりは、一般的な教育改善の梃子にJABEEが使われ、有効に機能したということだと思う。それは、積極的にJABEEを導入した先生方の努力によるのだろう。敬服すべきことである。
話を、フィリピンの大学の戻すと、今のところ、まだ問題意識の共有段階にとどまっているが、こういうことを意図的にすることは、やはり効果があると思う。これは経験的な真実だ。
意外に思うかもしれないが、フィリピン人はこういうことが好きで、大まじめに取り組む。フィリピンは、東南アジアでは経済的に立ち遅れた国だが、ポテンシャルはあると思う。パレードとか制服とか大好きだし、学校の研究室の掃除も生徒がしている。規律や規範がないわけではない。試しに、統計学を希望する学生に講義しているが、理解力がないわけでゃなさそうだ。この国の問題がどこにあるかを分析するのは結構難しい。

FD活動の終了時に、私は、学部長に、こういう活動で、問題意識を共有するのは良いが、同時に、達成目標に対する達成度をどのように評価するのかも議論して、自ら達成度をチェックさせた方が良いとアドバイスした。学部長は、次はそうすると言っていた。ポイントはその辺にありそうに思うが、どうだろうか。