背景

メール上で、水産資源解析モデルが必ずしも、正確な予測を可能にしないし、しばしば、モデルの予想とは違う結果が観察されるという話をしていました。管理人はこの分野の素人ですが、余計なこととは思いながら、コメントを送りました。

K先生へのメール

丁度、主成分分析で、主成分の独立性、直交性はどのようにして担保されるのかという質問が来た時の対応を考えていました。対角化のための対角化行列で、それぞれは固有ベクトルで、独立していると言えばそうなのですが、それは数学上の話で合って、実際、独立しているかどうかは別の話です。これは、「もう一段高いどころの構造を明らかにするデータがなければ検証しようがない。」と、正直な返事をしようと考えています。

どうして、こんなことが気になるのかというと、数年前から、囲碁将棋の世界で、超一流の棋士たちが、AIに負けるようになったからです。AIは別に、戦略を研究しているわけでもモデルを作っているわけではない。機械学習によって経験的に勝てる確率を計算しているだけです。ただ、機械ですから、機械同士の対戦も含めて、膨大なデータを蓄積してしまった。さらに、その判断の構造は多層的で、1レベルでモデルを作っているのではない。イ・セドル(今でもかなり強い。井山はかなり負けている。)とAIアルファー碁の5試合で、唯一AIが負けたのは、終盤でAIが暴走したからです。暴走ですから、なぜ負けたのかは機械には分析できない(どの着手が敗因化は分析できますが、どうしてそう判断したのかはわからない。)。大方の予想に反して、AIは序盤戦の布石に強く、終盤のヨセで暴走することが多いのです。つまり、AIはあるモデルによって緻密に計算しているわけではない。この試合はもう何年か前になりますが、世界にショックを与えました。実は、人間の認識構造は多層的になっていて、何でも5層ぐらいあるのだそうです。つまり、下部構造での判断をその上の判断(経験)が制御しているということらしいです。イ・セドルとの対戦の時は、アルファー碁は5層構造だったそうです。それ以上の階層を設けると、制御不能になると技術者が心配したからだそうです。今、AIソフトは無数にありますが、200層ぐらいの階層性を持っているそうです。機械学習によって、各層で経験的に妥当な解を探されたら、人間の記憶力がかなうはずがない。ただし、新手は打てない(機械的な計算によって、人間から見ると奇妙な手を打つことはあります。これが、かなり有効です。)。今は、プロ棋士が、AIの判断を理論化したり、戦略化したりしています。

 何が言いたいのかというと、モデル化という方法には限界があるということです。特に、ある一層でモデルを作った場合には、適応可能範囲は限定的です。私には、今のモデルが、ある一層での理論化モデル化に見えるのです。線形であれ非線形であれ、どのようなモデルを作るにしても、認識構造のある一層の中で、妥当性を証明したとしても、その上部で、何らかのかく乱があれば、そんなモデルは成立しないでしょう。理論的の信頼性というのは、必ずしもあてにはならないから、極端な立場に立つのはやめて、中庸にしておけというお釈迦様の態度は、この上部構造の経験的な判断なのだと思います。その意味において、仏教は、神の世界に関心を持たないから、宗教ではなくて思想です。

 つまり、数理モデルの精緻化よりは、こうした現象や判断の構造を整理して、重層的な構造を作ることが重要なのだと思います。学生時代、はじめて、余剰生産モデルを習った時は、その説明の鮮やかさに感心したものですが、年をとるとそれでは説明できないことがあるのだということがわかってきます。本当は、そこで、モデルのさらなる精緻化を考えるべきなのでしょうが。不確定要素が多い場合、その限界も見えてしまいます。老い先短いからそう思うのでしょう。
 ということで、誰か、モデル的アプローチとは違う、階層的な判断システム、学習方法のようなものを考えてもらうと良いかなと思っています。

余計なことを述べました。議論を混乱させることにならなければ良いと心配しています。