ビューティーコンテストのパレード/

祭りに参加してくれと言われて参加した。先週は週の初めから祭りモードで、毎日何かしらやっていた。どうもよくわからないのだが、市政が始まった記念日だそうだ。バスケットボールの大会とか、美人コンテストとか、そのたびに行列を作って、市の中心地であるPoblacionを一周する。その最後が日曜日のパレードのようだ。スペインから独立するために戦ったはじめという意味もあるらしい。金曜日には大学も招待されて、町のバスケットボール場で食事会のようなものがあった。それにも参加した。大きな家ではパレードの後に人が集まって御馳走を食べる。土曜日はその準備で忙しい。私が住んでいる家は、平屋の集合住宅のようなもので、四つ部屋があって、それぞれが独立してトイレがある。一つは壊れていてまだ修復されていない。残りの3つに、ロナルドとフランシスと私がいる。フランシスは若い少年たちと3人で同居している。狭い部屋だから3人でどうやって暮らしているのかとても不思議だ。それ以外にも若い少年たちが出入りしている。どういうことなのかと疑問に思っていたら、最近その疑問が解けた。フランシスはここからそう遠くないところに、100ヘクタールの土地を持つ農場主で、田んぼを持ち、豚や鶏も飼育している。そこには、かなりの世帯数の労働者がいるらしく、その子供たちを引き取って、この大学に入れているらしい。同居していないが頻繁に通ってくる少年たちもその関係者の様だ。つまり、あばら家に棲んでいるけれど、フランシスは名士で、御馳走をふるまう舞う立場の人らしい。ということで、土曜日は少年たちが忙しく料理をしていた。ちょうど、通りかかったら鶏を絞めたところで、毛をむしっていた。血は別に取って固まったら料理に加える。スープに濃厚さが出る。炭火を起こして豚も焼いていた。食べて行けと言われたのでごちそうになった。土曜日に限らず、フランシスには時々晩飯をごちそうになっている。

日曜のパレードは7時半からだから、7時半に町の中心の公園に行く。例によってパレードが始まったのは8時過ぎだが、方々で、鼓笛隊が練習していてにぎやかだ。女の子は着飾ってパレードを先導する。私たちは、長い行列の最後の方で出発した。そんなに広くないところだから30分ぐらいで、一回りしてしまう。もうやることがない。日本の祭りならば、みこしを担いで門付けをしてご祝儀を貰うのだが、そういうことはない。ちょっとつまらない。終わったら、誰の家か知らないが、大学のグランドの向こうの大きな家に行って、みんなと御馳走を食べた。豚の丸焼き(レチョン)を作っていた。これを食べる。酒がふるまわれたが、これがあまりうまくない。エタノールに何かフレーバーを混ぜただけというのが丸わかりだ。御馳走を食べている間に、次々と人が来る。町中でいろいろな人がいろいろのところに行って飲み食いしているらしい。言葉もわからないから、適当に切り上げて、オフィースで仕事をして、昼飯に帰ったら、フランシスに昼飯をふるまわれた。たくさんの人が来ていた。午後も、オフィースで仕事をして帰ったら、まだ人が居て、飲み食いしていた。待っていたと言われて、一緒に飲んで晩飯も食べる。

一日中食べてばかりだった。