熟したインデアン・マンゴー、拾ったもの

熱帯で生活していると、方々に果物や木の実がなるので、食べ物に困らないという話がある。実際にはそんなことはないし、皆、食糧を買うために、あくせくと働いている。ただ、果物などが容易に手に入るということは確かだ。

 

トタン屋根に何かがドスンと落ちてごろごろ転がっていく。夜中に何回かあるがそのたびに目が覚める。今は、最も暑い季節で、果物がおいしい。様々な果物が落ちてきて、ごろごろ転がっていくが、我が家の屋根に落ちてくるのは、緑色の小さな実で、小さな柿のようなものかもしれない。硬いのだが食べられないことのないので、齧ってみたが、苦くて渋い。これは食べられない。よく食べるのは、インデアン・マンゴーの実だ。多分、栽培品種のマンゴーの原種なのだと思う。結構大きな木で、房状に実がなる。多分、実が充実して重さに耐えられなくなって落ちてくるのだ。この季節は、道路にも落ちてきて、そこら中に腐った実が転がっている。見ていると、道に転がっているのを拾う人はあまりいない(1人見た)。バナナを一房買ってきて部屋につるしておいても、食べきれないうちに腐ってしまったり、蟻がたかったりする。売っているマンゴーはそれなりの値段がするから、インデアン・マンゴーを拾って食べることにした。、食べてみると、栽培品種のマンゴーほどの強い甘みと香りはないが、結構甘くてほどほど香りがある。十分食べられる。落ちた衝撃で身が痛んでいるから、慎重に選ばないとならない。

 

干物作りの講習会に来ていたおばさんたちは、竿で木になっている実を落して取っていた。あんたもどうだと言われたが、さすがに校庭に植わっているのを落として食べるのは、居候の身としては気が引けるので、断った。本心を言うと、木になっているのをとって食べたい。その方が日持ちが良いというのもあるのだが、できたらまだ甘くない固い状態で食べたいのだ。東南アジアでは、栽培品証のマンゴーも、まだ緑色の硬い状態で食べることが多い。果物というよりはサラダの感じに近い、塩やアミの塩辛を付けて食べたりする。一緒に食事をすると、女性はよくこれを好んで食べることがわかる。男は酒のつまみにする。あまり味もないし何故食べるのかというと、香りと歯ざわりが良いからだ。多分そこが魅力なのだ。

 

親父は固い桃が好きだった。何故か妻も柔らかい甘い桃よりも固い桃が好きだ。固い柿と柔らかい柿のどちらが好きかというのに似ているのかもしれない。サラダ感覚で食べるのならば、甘さはいらない。香りは果物の重要な要素だと思う。マンゴーも甘さよりは香りが好きだ。リンゴや桃も香りが大きな魅力だ。最近の果物の品種改良は、糖度を高めることに手中しているように思う。香りを魅力的にするという方向の品種改良の方向もありそうな気がする