中国肺炎についてデータを紹介した。当初の計画では、世界の国をその国のコロナ対策の特性でカテゴライズして、有効な対策を探してみるという遊びだった。主成分分析、クラスター分析、重回帰など多変量解析の手法を組み合わせることになるが、今勉強中のpythonでのプログラミングの練習になるなと思っていた。遊びにしても、あるいは遊びだからこそ、きちんとお作法に従って、記述統計的にデータを整理して散布図を書いてみたら、それだけで、かなり重要な発見があった。

まず、1,000,000人当たりの検査数を大きくできたのは、いわゆる小国だけである。国民の感染状況の把握という意味で行われる積極的疫学調査は全数調査に近い数検査数が必要ではない。各階層別に重みを付けて、ランダムにデータの抽出が行われれば、全数調査は必要ない。しかし、一定以上の数のサンプルが必要である、もし、推定される市中感染率が1万人に一人、0.00001の時には、少なくとも10,000人を調査しなければ、一人の感染者を発見できない。検査数が多いアイスランドを例にすると、アイスランドの1,000,000あたりの検査数は4,920である。率にするとおよそ0.005である。これを真の国民の市中感染率だと考えると、一人の感染者を見つけ出すのに、2000人調査しなければならない。正確なデータにするには、この10倍ぐらい2万人調べなければならいことになる。データをリアルタイムに知りたいのであれば、週に1回程度の頻度でこれを繰り返さなければならなだろう。プライマーの設計にもよるが、確実にRNAを複製できるかどうかはわからないから、サンプルはいくつかに分けて複数回行わなければならにだろう。おそらく、腕の良い検査技師の数は限られるから、疫学調査のために限られた人的資源を使ってしまうわけにはいかない。国全体でそんなことをした国はないのである。もちろん市中感染率が上がれば、サンプル数を減らすことが出来る。その段階では積極的な疫学調査が可能になる。もっと重要なことは、検査をたくさんした国ほど死亡者が減るという傾向は全くないということである。この分析に対しては、各国が感染症流行の同じフェーズにいるわけではないから、この時点での横の比較に意味がないという批判がありえる。つまり、すべてが終了してからフェーズをそろえて国際比較しなければならない。確かにそうだが、今、各国が感染のピークを超えつつある。その時点になれば、国際比較にも多少の意味があるし、無駄な対策をせずに有効な対策を見つけるためにも重要なことである。結論的には、検査数を増やしてもそれだけで、有効な感染症対策にはならない。個人的に驚いたのは、韓国のPCR検査数である。世界的に見ると、韓国の検査数が多いとは言えない。別に韓国の検査数が多かろうと少なかろうと、検査数の多さは感染症対策の有効性とは関係がないのだから、どうでも良いことである。ただ、韓国の政治家は、これが有効に働いて感染症が収束したことにしたいらしい。これは明らかに政治的な意図を持った誘導であり、韓国のマスコミも日本のマスコミも分析力が全くないから、こういう意図的誘導に踊らされる。そもそも、韓国の検査数が国際的に見てダントツに多いということそのものが、とんでもない誤情報であり、検査そのものが感染症抑制に有効ではない。明らかに無理な世論の誘導だ。これに何の批判も評価もなく、そのまま一緒になって持ち上げているのはかなり能力が低いと言わざるを得ない。これを能力の低さのためだとするのは、私のやさしさだ。知っててわざとやっているのだとすれば犯罪だ。

もう一つ驚いたのは、検査の数を増やすことが必ずしも有効な感染症抑止策にはならず、時には感染症を増加させる方向に機能するということが、子供でもできる簡単な国際比較で明瞭に示されたことである。もちろん、正確な情報は何をするにも大切だから、ELIZA法などで免疫グロブリンを検出するような方法で積極的な疫学調査はした方が良い。そのことは、PCR検査を無計画にした方が良いという議論とは別の話だ。私は、一週間の移動平均という形で感染者数の減少傾向が始まっていることを示した。検査数が月曜日に少ないということを知っているのならば、データは1週間の移動平均で示すべきだろう。移動平均の計算などは5分もかからない。散布図にしろ移動平均にしろ、情報を正確に伝えることが仕事ならばそのくらいの努力はしろ。記述統計的に整理しただけで分かるのだから、こういうことはきちんと伝えてくれないと困る。わけのわからないタレント、コメンテータ、「専門家」のどうでも良い感想のようなものはもう聞き飽きたから、Zoomで彼らの世迷言を伝える必要はない。ただでも家にこもっていてストレスがあるのに不愉快で腹が立ってくる。

最近は、マスコミでも「科学」的にエビデンスに基いた議論をすべきだという主張がされている。しかし、この程度のデータの整理も出来ないのだから、「科学」も「エビデンス」も意味が解っているのか怪しいものだ。最近は、山中さんとか本庶さんとかが出てきて、PCR検査の必要性を述べている。別に彼らの研究実績にケチを付ける気は全くないし、ノーベル賞の実績は素晴らしいものである。しかし、彼らは疫学の専門家ではない。もちろん素人だから黙っていろという気はない。筆者はもっと素人だから。最も重要なことは、何を根拠にそう述べているのかということ問うことである。積極的に市中の感染者を見つけるというのならば、全数検査に近くなるが、一日1万人の検査が可能だとしても、国民人員の検査が終わるまで、120日かかる。目的が疫学的調査ならば、ランダムサンプリングでサンプル数を減らせるが、それだと市中感染者の早期発見という目的には使えない。古典的だが、科学とは経験的認識であり帰納法だ。つまり、過去の事実に基いた推論である。だから、自ら事実をしっかり押さえないと科学的議論はできない。科学的な議論とは高名な科学者に何かを言ってもらうことはではない。簡単な手法で良いから、自らデータを集めてその背景を分析しろ。