ネットで「芝浜」が取り上げられている。何故かと思ったら山手線の駅名に関する騒動だった。

さすがに高輪ゲートウェーはあり得ない。この辺の感覚はわかる人にはわかるが、わからない人にはわからない。多分、高輪ゲートウェーにした人は、話題性を狙って、ことさら違和感のある言葉を選んだのだろう。ただそれだけを狙っている。そういうものは、23年の効果しかない。日本語としてもゲートウェーが何を意味するのか解らないし、英語にすれば何の入り口なのかもっとわからない。多分、2,3年するとすごく安っぽい言葉になる。安っぽくても構わないものもある。例えば、古くはピンクディーとか、モーニング娘とか、わざわざ薄っぺらさを強調したネーミングというのはある。それはそういう商売だから成立つ。せいぜい4,5年持てばよいのだ。これは、一種の女性差別で、若いねーちゃんの歌うたいの人気などはその程度持てばよいという判断が透けて見える。もし、彼女たちがどんどん成長して、50になっても、60になっても歌い続けることを想定したら、そんな名前を付けないだろう。土地だって同じだ、まあ―4、5年そこに住むだけという人間にとっては、何の思い入れもないから、話題性のあるゲートウェーでも良いだろう。しかし、そこに長く住んで、その土地の文化を作っていく。そういうことを考えた時に、その名前で良いかどうかは考えなければならない。

 言葉の意味や背景・印象はその実態とともに変わっていくから、高輪ゲートウェーだって、それなりの文化的な厚みを持つ駅名になるという人もいる。それだったらなおさら、芝浜の方が良い。落語の芝浜は古典落語に分類されているが、古典落語というのは実はそんなに歴史のあるものではない。定説よれば、話の原型を作ったのは、かの大円朝ということになっているが、それでもせいぜい100年ぐらいの歴史しかない。現在の話になったのはおそらく明治の後期で、第二次世界大戦後に、三代目桂三木助の名演が「芝浜」を典型的な古典落語の人情噺として定着させたのだと思う。桂三木助がこの話で芸術祭奨励賞をもらったのは、私が子供のころ(1954年)だから、当然、私は三木助の演じる「芝浜」を知らない(ラジオで演じたものを後で聞いたことはある。)。「芝浜」が古典だということは、どういうことかというと、三木助の後、様々な噺家が、それぞれの演出で演じなおしているからである。クラッシックバレーは、ごく限られた演目が、様々な演出で様々な踊り手によって演じなおされてきたことによって成立っている。落語に限らず、新しい解釈が出てきて、その都度、演じなおされるというのが、古典が成立する条件である。

「古典」が演じなおされるのは、不自然なところがあって、演じ方によって解釈が変わってしまうからだろう。それが古典の条件なのかもしれない。「平家物語」だって、「くるみ割り人形」だって、「白鳥の湖」だって不自然な話だ。芝浜も変だ。だいたい、大金を拾ったのが夢だったと信じ込んだから、酔っ払いが心を入れ替えて真面目に働くようになるというのがわからない。立川談志も、自ら演じた「芝浜」の枕で同じことを言っている。そもそも、嘘をついて、亭主を改心させるほどの賢い女房が、もともと腕の良い魚屋をろくに働かない酔っ払いにするはずがない。腕が良いのに働かないのは何かの理由ですねていたからだろう。その問題が解決しないのに改心して酒をやめたりしない。女房をどのような女として演じるかによって、意味や印象が全く変わってくる。亭主を改心させるほどの女だから、賢夫人で姉さん女房の様に演じるというのもある。もともと、落語の起源の一つは坊主の説教だから、そういう説教話の一つということでも良いのだが、それだと抹香くさくてあまり面白くないし、オチのところで夫婦の情愛が出てこない。もっと愚かな女で良いような気がする。亭主が拾った金を着服したことになると、うっかりすれば打ち首だ。だから、代官所に差し出したのだが、そうしたら何故だか亭主の行動が変わってきた。猶更、言い出せなかったのだが、一方で、働き者の亭主に好きな酒ぐらい飲ませてやりたいという気持ちもあった。亭主の方は、確かに金を手にして大酒を飲んだが、実際に金を目の前にして、金があれば女房に楽をさせてやれると思った。女房はいつ打ち明けようかと悩んでいたのだが、亭主の改心が本物だと分かった3年後に打ち明けたという方が、自然でかわいらしい。これが私(酔っ払い)の解釈だ。

 芝浜で良く問題になるのは、亭主(演者によって名前が違う)が、魚を仕入れに出かけた先の芝浜の描写だ。三木助の演出はここが見事だったとされており、東京湾に当時残っていた静かな砂浜の風景描写に時間と技術をかけていたらしい。これに対して、講談ではないのだから、江戸落語はそういうところにだらだら時間を掛けずに、テンポよく場面を切って、軽快にはなしを展開すべきだという考えもあるる。八つぁん、熊さんの話に、変な文学趣味を入れるなという主張だ。俳句と短歌の違いのようなものだろう。これには時代性もある。このころ文芸趣味的な傾向は落語だけではない。幻想的な描写を長いカットでやることで知られている溝口健二は、1953年に映画「雨月物語」でベネチア映画祭の銀獅子賞をとっている。そういう時代背景はともかく、女房を賢夫人として描くのであれば、前半部を格調高く美しい描写でまとめておくというのもあり得る。残っているのは時間が限られたラジオ放送のものだから私にはわからないが、風景描写に時間をかけて、それに客が聞き入るというのは相当の技量だ。要は話全体の構成と、演じるものの力量にかかわる。だから、この話をそれぞれの解釈と力量で演じたいという噺家が出てくるのだ。

  私は、駅名に「芝浜」が良いと主張する人たちは、JRが何と言おうと、駅名を「芝浜」と呼んでしまえばよいと思う。六本木をギロッポンという感覚だ。仲間内の符牒であそこは「芝浜」なのだとすればよい。官憲の横暴に負けてはいけない。同じ発想で、新宿三丁目駅は「角筈」、都庁前駅は「十二社」となる。かまわないからどんどん符牒をつけていけばよいとおもう。しかし、もっと大切なことは、「芝浜」を繰り返して演じなおすことだ。それによって「芝浜」という地名に実感と重みが付いてくる。様々な解釈で古典風に演じても良いし、現代的な解釈で新作として演じても良い。実際、「芝浜」は何作か映画にもなっている。テレビドラマでも良い。「芝浜」特集や「芝浜」コンテストを、「芝浜」でやったっていいだろう。文化を守るとか、文化を作るということはそういうことだ。およそセンスのかけらもない駅名に文句を言ってもしかたがない。あの人たちはあの人たちなのだ。